天空の城ラピュタと土と内臓
ジブリ映画の中で最も大好きな作品のひとつ「天空の城ラピュタ」
数えきれないほど名言や名シーンがあるのですが、その中でシータの言った言葉
「土から離れては生きられないのよ」
この言葉がとても印象深く頭から離れません。
今年わが家でベストヒットした著書「土と内臓」の内容と合わせて感想を書こうと思います。この本は腸内細菌や土壌細菌などの微生物などの見えない世界を知ることができるとても面白い内容です。医学・サイエンスに関わる人はもちろん、日々を健康に過ごしたいと願う人すべての必読書だと思います。
土と内臓 (D.モントゴメリー、A.ビクレー著 片岡夏実訳 築地書館)
生き物は土がないと生きていけない ー土壌細菌の働きー
地球上にはたくさんの微生物がいます。
空気中にも水中にも森の中にも、火山にも噴出口でも生きていける細菌もいるそうです。僕たちの体の中や土の中にも多くの微生物が存在し、生き物の生命活動を助けてくれています。
例えば植物。植物は、地中に長く張り巡らされた根の根毛を通して水、栄養、ミネラルなどを土から吸収したり、光合成によって大気中から炭素を取り入れることで大きく成長していきます。
生命活動に必須なタンパク質をつくるアミノ酸を作るためには、材料である酸素や炭素や窒素を集めてくる必要があるのですが、窒素は自分では集めることができません。
そこで細菌の力を借りて窒素を集めてもらいます。
植物が光合成で得た炭水化物を根から滲出液として土壌に流して細菌に栄養を与える代わりに、根粒菌などの細菌は空気中から窒素を固定して植物に与えている。
互いに自分の得意なことをして相手を助けて生きていくという「共生」が土の中で起きているのです。
野菜がおいしくできるのも土の中に棲んでいる土壌細菌のおかげ。人類の進歩の中で、野菜を大きくするために化学肥料を使ったり、病気にならないように農薬をまいたりする方法が開発されましたが、土壌細菌のことを考えると必ずしも好ましい進歩ではないように思います。
確かに農薬を使うことで害虫の被害によって野菜が死んでしまうのを避けることができますが、農薬は土壌に棲んでる微生物も一緒に殺してしまう。そうすると次に野菜を作るときに土壌細菌の力を借りられなくなり、おいしい野菜を作ることができなくなってしまいます。
今を乗り切るためには効果的な方法でも、長期的な視点で見ると効率化による弊害は大きいものだと分かります。結局、おいしい野菜を子や孫の世代にまで作り続けるためには土壌細菌と共生することがいちばん大事だということですね。
腸内細菌がからだを作る
植物と同じようなことが実は人の体の中でも起こっています。
人は炭水化物やタンパク質や脂肪の三大栄養素を中心に生命活動に必要なエネルギーを摂取しています。これらは生体内でアミラーゼやトリプシンやリパーゼなどの酵素によって分解されて生体内にとりこまれ、さらにプロテアーゼやエステラーゼなどの酵素によって代謝された結果、生命活動をするのに必須なエネルギーを生み出し、消費したり蓄えたりしています。
一方で、もともと人は食物繊維を分解するのは苦手なので、そこは腸内細菌の助けを借りています。糖や脂などのおいしいものは人が先に吸収していき、食物繊維などの消化されずに余ったものが腸内細菌に与えられる。
なんかちょっぴりかわいそうな気もしますが、腸内細菌は好きでやっていることなので、僕たちが野菜を食べて食物繊維をしっかり与えてあげると腸内細菌はたくさん恩返しをしてくれます。
例えば、腸内細菌は食物繊維を分解して便通を良くしてくれるだけでなく、病原体の侵入を防いだり、僕たちのからだのT細胞にシグナルを送って免疫系を活性化したりして、病気になるのを防いでくれています。最近の研究結果によると、腸内細菌のバランスが崩れると肥満や糖尿病になるだけでなく癌の発症にも関連するということが報告されています。
ここにも「共生」が起こっています。
菓子パンだけでも人が生きていく エネルギーは補充できますが、そればかり食べていると風邪をひきやすくなったり、病気にかかりやすくなったりするのではないかと思います。食生活を整えて体の中に住んでいる腸内細菌の面倒をしっかり見てあげることが、最終的に自分の健康に大事だということですね。
土壌細菌の助けを得て育った野菜を人間が食べて、腸内細菌の助けを得て消化し、からだを健康にする。僕たちの世界で微生物は目に見えないヒーローです。
風邪を引いたときに病院に行って処方される抗生物質は、悪いウイルスを殺してくれますが、同時に腸内細菌も一緒に殺してしまいます。せっかく大切に育てた腸内細菌なので、あまり重症でない場合はできるだけ抗生物質を飲まずに自然治癒を待つ方がいいかもしれません。
「土」と「内臓」の共通点
ここまでくると「土と内臓」の本が言いたかった事も分かってきます。
植物の根毛や人間の消化管にあるひだのように表面積をできるだけ大きくして効率的にからだにを栄養を取り入れる仕組みが備わっていることも似ていますが、どちらも微生物と共生することでからだの地盤をつくっているということが大きな共通点だということです。
農薬も抗生物質も一時的には役に立つ心強い存在ですが、それによって微生物を殺してしまうと、もとの状態に戻るのに時間がかかります。
化学肥料やサプリメントやカロリースティックなどで効率よく栄養素を取り入れることで、植物も人間もしばらくは生きていけますが、長期的に考えたときに微生物と一緒にからだを作っていくことが大事だと気づきます。
地形学者と生物学者の夫妻だからこそ書けた偉大な一冊だと思います。
東洋医学から見た土と内臓
ここまで西洋医学の面から腸内細菌と土壌細菌の働きについて書いてきましたが、少し東洋医学の面からも考察しようと思います。これは「土と内臓」には書かれていませんが、僕の思うところです。
東洋医学(中医学)では、自然界や人間は木・火・土・金・水という5つの要素から成り、互いに関わりあいながらバランスをとっていると考え(五行学説)、さらにそれぞれに生体機能をあてはめて5つの臓に分類します(臓象学説)。
木ー肝
火ー心
土ー脾
金ー肺
水ー腎
今回のテーマである「土」はからだでいうと「脾」と対応します。
脾は西洋医学でいう脾臓という意味だけにとどまらず、生命の基礎的機能を担っています。以下に東洋医学の本に書いてある文章を抜粋しました。
腎が親から受け継いだ先天的な生命力を蓄えている先天の本であるのに対し、脾は食べ物などから後天的に生命力を補充することから、後天の本と呼ばれている。例えるなら、植物の種はそのままでは芽が出ないけれど、土に植えて水を与えることで芽を出し生命活動が始まることによく似ている。(東洋医学基本としくみ 西東社)
簡単にいうと、食べ物や飲み物から生きる力を体に与える臓が「脾」ということです。
脾の働きに異常が生じると、お腹が痛くなったりして胃腸や皮膚に不調があらわれることが多いとのこと。逆にバランスのいい食生活をすることで「脾」の働きを正常にして胃腸の調子を整えることができ、それが生命の地盤を作ることにつながる。
顕微鏡を発見したレーウェンフックが生きていた時代よりもはるか昔から中国の人は土壌細菌や腸内細菌などの目に見えないものの存在を認めて、生活に取り入れていたかと思うと、中医学の深さには驚かされます。
時間がかかる作業ですが、地道に少しずつ自分のからだの中にある土壌を耕していきたいと感じました。
以上が、シータの言葉「土から離れては生きられない」に対する感想です。
ジブリはやっぱり深いですね。